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2009年05月03日

<訃報>忌野清志郎さん58歳=ロック歌手 がん治療続け

<訃報>忌野清志郎さん58歳=ロック歌手 がん治療続け

昨日BSの”ロックの学園”という番組をみていると

テロップに、<訃報>忌野清志郎さん58歳”・・・・

学園の校長らしく?

ショック・・・リアルタイムにみていたこと

いまでも音楽、ロックをきいていて、海外だと歳いってもかっこいい歌手いっぱいいるのに

日本?は・・・・そんななかで

わたしのなかでは、清志郎・・・矢沢永吉・・

40さいを過ぎたわたしたちに、いつまでも勇気?熱い?なにか・・わすれないで、いてくれさしてくれます・・・

洋楽好きなわたしですが車のなかでは、清志郎・・・矢沢永吉・・

本当によくききます・・・スローバラード”・・・

あまり人の死にたいして、両親4人とも健康なので

リアル感がなく

・・・松田優作いらいのそうしゅつ感?です・・・・

これから、いろんな別れをけいけんし、

心がいたいとかんじる、・・・いまをたいせつにしたいです・・

「ベイベー!」や「愛し合ってるかーい!」などの決めぜりふ、奇抜な衣装と演出で知られるロック歌手、忌野清志郎(いまわの・きよしろう、本名・栗原清志=くりはら・きよし)さんが2日、がん性リンパ管症のため死去した。58歳だった。葬儀は9日午後1時、東京都港区南青山の青山葬儀所。喪主は妻の栗原景子(くりはら・けいこ)さん。

 東京生まれ。68年に中学校の同級生らと、忌野さんをリーダーとするバンド「RCサクセション」を結成、70年に「宝くじは買わない」でデビューした。72年には「ぼくの好きな先生」が、80年には「雨あがりの夜空に」が大ヒット。82年には坂本龍一さんと組んでリリースしたシングル「い・け・な・いルージュマジック」が社会現象を巻き起こし、日本の「ロックの神様」としてコンサートのほか、CMや映画などで活躍した。

 一方、「音楽は時代の刺激剤であるべきだ」との信念を持ち、政治的なメッセージを込めた歌も歌った。そのため、反原発を扱ったアルバム「COVERS」やパンクロック風にアレンジした「君が代」が入ったアルバム「冬の十字架」が一時、発売中止になったり、コンサートで突然「あこがれの北朝鮮」「君が代」を歌って、FM中継が中断したこともあった。

 06年7月に喉頭(こうとう)がんと診断され入院。治療を続けた後、08年2月に日本武道館で本格復帰した。しかし、同7月、左腸骨にがんが転移していたことが判明、再び活動を中止し放射線治療などを続けていた。



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Posted by c7 at 09:15│Comments(0)日記
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